若王子山(にゃくおうじやま)は、東山三十六峰の一つの山
南禅寺山の手前に折り重なるように見えるなだらかな山
隣の南禅寺山とは直線距離で120mほどで隣接しており、独立峰とは見にくく、山頂は広く平坦になっている
山麓には熊野若王子神社があり、山頂には同志社墓地がある
京都市の共同墓地
熊野若王子神社の横の山道から若王子山墓地へ上がっていける
<同志社墓地>
若王子山の山頂にある
熊野若王子神社から山道を徒歩約25分
同志社大学創立者 新島襄、妻 新島八重、山本覚馬などや、同志社大学関係の宣教師たちが葬られている
<新島襄のお墓>
<新島八重の墓のお墓>
碑銘「新嶋八重之墓」は、徳富蘇峰の書
<新島襄の父親 新島民治のお墓>
<新島襄の母親 新島登美(とみ)のお墓>
<新島襄の3番目の姉 新島美代のお墓>
<徳富蘇峰のお墓>
<新島八重の父親 山本権八のお墓>
<新島八重の母親 山本佐久のお墓>
<新島八重の弟 山本三郎のお墓>
<新島八重の兄 山本覚馬のお墓>
江戸時代末期の会津藩藩士
京都府顧問となり、初代京都府知事 槇村正直とともに新島襄の協力者
現在の同志社大学今出川校地の敷地を譲った
<山本久栄の墓>
山本覚馬と小田時栄との三女
同志社女学校で学び、徳富蘆花の小説「黒い眼と茶色の目」に描かれた「茶色の目」事件のヒロイン
<松本五平のお墓>
同志社墓地内の出入口の右側にある
「大正3年11月 校友有志一同」とも刻まれている
同志社大学で小使(用務員)として新島襄に仕えていた
<光雲寺>
書院南庭は、琵琶湖疏水の水を引き、若王子山を借景とした池泉回遊式庭園