広沢池(ひろさわのいけ)は、嵯峨野の嵯峨広沢町にある周囲約1.3kmの灌漑用の溜池
大分県の「初沢の池」・奈良県の「猿沢の池」とともに日本三沢の一つ
現在は鯉などの養殖が行われている
<観音島>
石垣に囲まれた大小2つの島からなっており、橋から渡ることができる
大島には南に向いて千手観音菩薩が立っている
小島には壹美白弁財天社の祠が立っている
<遍照寺の御堂跡>
広沢池の西北岸で、かつての遍照寺の御堂跡とみられる遺構がある
<桜並木>
広沢池の南堤を通る道沿いにある
<児神社(ちごじんじゃ)>
広沢池の西南角にある
遍照寺を建立した寛朝僧正(かんじょうそうじょう)の侍児が祀られている
稚児は、寛朝僧正が、この池畔で座禅されていたとき、いつも傍らに座り僧正に合わせ一心にお祈りをしていたといわれる
998年(皇紀1658)長徳4年
寛朝僧正が亡くなられた後、残された稚児が悲しんで広沢池へ身投げしたといわれ、村人により、この地に祀られたといわれる
<遍照寺>
大沢池の児神社から南へ向かう小路を300mほどのところにある
かつては、大沢池の池畔にあり、釣殿・月見堂などがあったといわれる
<遍照寺山>
平安時代には、遍照寺に月見堂があり、貴族たちが観月に訪れ、多くの歌に詠まれている
西行法師
「やどしもつ 月の光の大沢は いかにいつとも 広沢池」
源従三位頼政
「古の人は汀に影絶えて 月のみ澄める広沢池」
薩摩守平忠度
「あれにける宿とて月はかわらねど昔の影は なほぞこひしき」
松尾芭蕉
「名月や池をめぐりて夜もすがら」
<鯉揚げ>
毎年12月
広沢池では、鯉や鮒の養殖が行われており、池の水を抜いて「池ざらえ」が行われ収穫される