古高俊太郎(ふるたかしゅんたろう)は、幕末維新の攘夷派の志士
諸藩御用達の古道具屋「枡屋」を営み、攘夷派の情報活動と武器調達にあたった
新選組に捕らえられ、池田屋騒動の引き金となる
<竹林寺>
古高俊太郎や勤皇志士8名が祀られている
<古高俊太郎邸跡>
古高俊太郎が潜伏していた邸跡で、枡屋事件が起こったところ
<枡屋事件>
桝屋に新選組に踏み込まれ逮捕される
2階から逆さ吊りにされ、足の甲から五寸釘を打たれ、貫通した足の裏の釘に百目蝋燭を立てられ火をつけられるなど
新選組から過酷な拷問を受けたといわれる
<池田屋騒動>
池田屋で古高俊太郎の奪還の会合のために潜伏していた長州藩の尊皇攘夷過激派を、新選組が襲撃し、
多数の死傷者と逮捕者を出した事件
<攘夷活動計画>
八月十八日の政変の後、
京を追われた長州藩出身者らが、祇園祭の前の強風の日を選んで御所に火を放ち、
佐幕派公卿の中川宮朝彦親王(後の久邇宮朝彦親王)を幽閉し、徳川慶喜、京都守護職松平容保など佐幕派大名を殺害し、
孝明天皇を長州へ連れ去るというものであった
計画実行の志士が多数上洛、潜伏していたが池田屋騒動により阻止される