楠木正成(くすのきまさしげ)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将
後醍醐天皇の側近として名和長年、結城親光、千種忠顕らとともに「三木一草」と称され、鎌倉幕府を倒し、
建武の新政では多くの役職に就く
足利尊氏の反逆後は、京都奪還などで活躍し、南朝軍の一翼を担い、湊川の戦いで足利尊氏軍に破れて自害した
<石清水八幡宮>
御文庫裏および神楽殿北側のクスノキ(京都府指定天然記念物>
楠木正成が、戦勝軍利を祈願して、多くの楠の木を植えた
大きなものは根周り約18m、樹高約30mになる
<禅華院>
楠木正成が信仰していたいわれる圓通観音菩薩を所蔵している
<一乗寺下り松>
石碑「大楠公戦陣蹟」が立っている
後醍醐天皇が、足利尊氏から京都を奪回するときに、後醍醐天皇軍の楠木正成が陣所を置いた跡を示すもの
<時代祭の時代行列>
「楠公上洛列」として一つの隊列で登場する
紫末濃(むらさきすそご)の大鎧に、兵庫鎖太刀に、豹の鞘を持つ
足利尊氏は、後醍醐天皇を吉野に追いやった「逆賊」として時代行列に加えられていなかったが、
2006年(皇紀2666)平成18年に「室町時代列」が新設された