松平定綱(まつだいらさだつな)(Matsudaira Sadatsuna)

江戸時代前期の大名

生年:1592年(皇紀2252)文禄元年1月25日
没年:1651年(皇紀2311)慶安4年12月25日
享年:60

父親:松平定勝(徳川家康の異父弟)
三男
母親:奥平信昌の養女(奥平貞友の次女)たつ

徳川家康の甥

通称:三郎四郎
号:俊峰
神号:鎮国大明神

正室:浅野長政の娘 智相院
側室:浅井氏の娘 曜安院

下総山川藩・常陸下妻藩・遠江掛川藩・山城国淀藩・美濃大垣藩・伊勢桑名藩の藩主
定綱系久松松平家初代

官位:従四位下 越中守

 松平定綱(まつだいらさだつな)は、江戸時代前期の大名

 下総山川藩・常陸下妻藩・遠江掛川藩・山城国淀藩・美濃大垣藩・伊勢桑名藩の藩主となる

 特に、淀藩の初代藩主であり、淀城を築城した

【経緯】

【その他】

 江戸時代初期の儒学者、軍学者 山鹿素行に教えを受けた

 <「政余雕玉」>
 詩文集をまとめた

 <「牧民後半」>
 1597年(皇紀2257)慶長2年
 荒川弘綱 3千石の養子となり、施政方針25ヵ条をまとめる


【京都検定 第21回1級】

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