明治維新(めいじいしん)では、大政奉還・王政復古・廃藩置県・改暦・宗教政策改革などが行われ「御一新」と称された
王政復古以降の政権を「明治政府(めいじせいふ)」「新政府(しんせいふ)」などと称され、
明治政府により、日本を、短期間でアジアで最初の西洋的な近代国家へと変化させた
明治天皇が天地神明に誓約する形式により、明治政府の基本方針である五箇条の御誓文が公卿や諸侯などに示された
京都では、幕末からの復興のために京都近代化政策が行われる
古くからの文化を理解できない都から遠い者たちによる神仏分離の悪策により、多くの貴重な文化財や、文化が失われた
第2代京都府知事にもなった槇村正直や、山本覚馬、明石博高らによって京都近代化政策が推進される
1869年(皇紀2529)明治2年
西陣織の発展のための西陣物産会社が設立される
機織機のフランス式ジャガード機が導入され技術革新が行われる
1871年(皇紀2531)明治4年
勧業場が設置され、欧米の新技術が導入される
京都博覧会が開催される
1872年(皇紀2532)明治5年
新英学校女紅場が開校し、女子教育の基礎となる
戦国時代中期から
京都の町々は、連合組織である「町組」を作り、自治的な運営がされていた
上京は、33町組、下京は32町組(後に33町組)に再編成された
これまでの町組には、固有名詞が付けられていたが、新しい町組には、番号数字が付けられた
1869年(皇紀2529)明治2年
新しい町組ごとに小学校が設立される
運営資金は、市民が提供した基立金により設立された小学校会社が受け持った
小学校にも固有名詞ではなく、番号数字が付けられ「番組(ばんぐみ)小学校」と称せられる
上京第28番町組と第29番町組、下京第22番町組と第32番町組が、協立校を設立したため、全部で64校となった
1873年(皇紀2533)明治6年1月1日
天保暦(旧暦)から、グレゴリオ暦に改正される
このため、1872年(皇紀2532)明治5年は、12月2日までしかない
<祭政一致>
1868年(皇紀2528)明治元年
職制の七科の中で、神祇が筆頭に置かれ「祭政一致」とされる
<神仏分離令>
1868年(皇紀2528)明治元年
神仏分離令が布かれ、廃仏毀釈が行われ、仏教だけでなく、神社の文化財なども被害を受ける
<キリスト教禁制>
1873年(皇紀2533)明治6年2月24日
欧米諸国の非難にあい、キリスト教の禁制が解かれる
それまで、教徒の強制移住などが行われていた
<維新三傑>
桂小五郎
西郷隆盛
大久保利通
<明石博高>
<岩倉具視>
<後藤象二郎>
<小松帯刀>
<三条実美>
<西園寺公望>
<島津久光>
<高木文平>
<東郷平八郎>
<松本重太郎>
<山縣有朋>
<西郷隆盛>
<西郷従道>
<山脇東洋>