油座(あぶらざ)は、荏胡麻油の原材料の仕入・製油・流通・販売を独占的に行っていた組織
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、大山崎の離宮八幡宮の社司が製油法を開発したことに始まり、
離宮八幡宮の神人により南北朝時代から室町時代前期にかけて最盛期を迎えた
朝廷や幕府の庇護を受けて、社寺を中心に地方各地の広範囲に渡って独占販売を行っていた
鎌倉時代前期頃から戦国時代末期にかけて、
大山崎郷一帯(現在の乙訓郡大山崎町)を本拠にして、荏胡麻から製油された油を、
社寺を中心に地方各地へ広範囲に渡って独占販売をしていた特権商人から構成された組織
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて
離宮八幡宮の社司が長木(ちょうぎ)というテコの原理を利用した圧搾機による搾油法を開発し、
油の原料となる荏胡麻の栽培も始めたといわれる
離宮八幡宮の神人により作られた油は、石清水八幡宮や洛中寺社の灯明として利用され、朝廷の穀倉院にも献納された
その後、幕府の保護政策により、神人による仕入・製油・流通販売などの排他的・独占的の権利を獲得した
大山崎の神人により製油された後、各地に散在する八幡宮神人により流通・販売されていた
南北朝時代から室町時代前期にかけて最盛期を迎えた
<離宮八幡宮>
氏子がいない神社で、油の運上金で神人(じにん)と称される人を雇用し、地域の経済を支えてきた
油座が衰退した後も、油祖の神さんとして、江戸幕府などの崇敬により、地位は高く保たれた
<神人(じにん)>
座の構成員
離宮八幡宮において、毎年4月3日に、神事「日使頭祭(ひのとさい)」が行われ、頭役として勤仕していた神職
石清水八幡宮への灯油貢納が本務
荏胡麻の仕入・製油・流通販売などを行った
塩や染料・麹など油以外の商品も扱った
<大山崎住京神人>
洛内で、大山崎の神人の支配下に入って油販売の商売を行っていた商人
<山崎胡麻船>
油の主原料となる荏胡麻の買い入れのための海運に用いられた船
天下御免の通行が許可されており、西日本の広範囲な地域に赴いて買付けを行っていた
荏胡麻仕入れの権利は、幕府の下知状に従う各国守護によって保障された
近江・尾張・美濃・伊勢・河内・摂津・播磨・備前・阿波・伊予などでは独占的・優先的権利を認められていた
<用途>
主に照明用の灯油として用いられ、特に社寺の灯明用が最大の需用だった
その他には、雨具の塗油や食用などにも用いられた
アトピー性皮膚炎などに効果があるといわれるアルファーリノレン酸が多く含まれる
近年は、健康食品として見直されてきている
<油の原料>
主に荏胡麻から製油されていた
その他の油では、胡麻、海石榴(ツバキ)、魚脂、綿実、菜種などを原料にするものもあった
江戸時代初期に、油の含有量が多く絞りやすい菜種が、荏胡麻に取って代わっていく
<大和国符坂油座>
大和国では興福寺一乗院の油寄人と、大乗院油寄人からなる
春日大社散在神人を兼ねていた
南都付近一帯の油の専売権を確立していた
<矢木中買座>
大和国の座
<木村油座>
摂津の天王寺近辺の木村(このむら)の農民達による
<醍醐寺三宝院>
<筑前国博多筥崎宮油座>
<油の日>
8月23日
859年(皇紀1519)貞観元年8月3日
清和天皇の勅命により、宇佐八幡大神を都の近くへ勧請することになり、いったん大山崎の嵯峨天皇離宮に勧請され、
離宮八幡宮が創建される
離宮八幡宮で、油の恵みに感謝し、日々の生活の安泰を祈願される
<油座まつり>
9月15日
離宮八幡宮の秋の例大祭