御霊神社(ごりょうじんじゃ)は、福知山市の市街地、旧城下町の北西にある神社
広小路通を参道として、神社境内と隣接して御霊公園がある
2柱が祀られている
<宇賀御霊大神>
五穀豊穣・商売繁昌の神さん
<明智光秀>
丹波国が多くの豪族により分割支配されていたのを平定し、その拠点として福知山城の修造を行い
氾濫が多かった由良川に長い堤防を構築して流路を変えて氾濫を防ぎ、
丹波国の各地で善政をされ崇敬されている
織田信長の恐政を絶ったことの冤罪を慰めるために御霊として祀られている
<御利益>
五穀豊穣・商売繁昌・家内安全・諸願成就
<本殿>
<拝殿>
<筆塚>
<恵比須神社>
本殿北脇にある
祭神は、中央に事代主神が祀られている
御神体として、光秀公真筆「和久左衛門太夫長利追及下知状」(福知山市指定有形文化財)が納められている
1893年(皇紀2553)明治26年、関敏達氏が拝礼された記録では、「中央御靈神筆」と記されている
五社造
桔梗紋の飾りが多く用いられ、精巧な造りとなっている
御霊神社が広小路に鎮座していたときの旧本殿の建物
「棟札」によれば、「文久二年八月再建 御靈宮」とある
毎年正月9日・10日は初恵比須が行われる
1862年(皇紀2522)文久2年8月の再建
向かって右側に、
秋葉神社(明和年間(1764年〜1772年)と、
福島稲荷神社(文政年間(1818年〜1830年)あるいは寛政年間(1789年〜1801年)
向かって左側に、
天満宮(霊像は天保年間(1830年〜1844年)の作)と、
養蚕神社(1915年(皇紀2575)大正4年に太秦の蚕の社より勧請された)が祀られている
<堤防神社>
北側にある
堤防が御神体とされる珍しい神社
毎年8月15日に、水害から市民の生命財産を守る堤防に感謝と愛護の誠を捧げ、水の災害なき事を祈願する堤防祭が行われる
式典の後、堤防のお祓いや、御輿や旗を連ねた全市パレードがあり、夜は花火大会で賑わいます
1984年(皇紀2644)昭和59年の建立
<叶石神社>
<包丁神社>
<欅>
<御神木>
二代目の大榎
「福知紺屋町御靈さんの榎化けて出るげな古狸」の音頭がある
神社東正面の広小路商店街の中央に榎神社がある
<浸水位標識>
1953年(皇紀2613)昭和28年の台風13号の被害による由良川の氾濫で水没した福知山の被害を伝えるため、
境内隣接の御霊公園には当時福知山市街地を覆った水の水位を記した看板が建てられている
<槍(三点)(福知山市指定重要文化財)>
「丹州住通明」の銘がある
「丹波志」によると
「雀部鍛冶 天正年中明智光秀槍矢ノ根ヲ鍛タリ 細工ハ荒ケレドモ物ヲ能ク通ス故雀部通明ト云四字ヲ付玉ヘリ」と記されている
野道具を作っていた鍛冶師 雀部道明が、明智光秀に命じられて槍や矢の根を作っていたといわれる
細工は粗いが、物をよく通すので「道明」と命名されたといわれている
この槍は、江戸時代のものであるが、銘から同じ系統を引く郷土の刀工の作品とされる
<御霊神社紙本墨書明智光秀関係文書(三通)(福知山市指定有形文化財)>
光秀書状「和久左衛門太夫長 利追及下知状」
光秀軸物書状 奥村源内宛
明智光秀家中軍法1巻
1578年(皇紀2238)天正6年から1581年(皇紀2241)天正9年の明智光秀の文書とされる
<絵馬「六歌仙図」>
1859年(皇紀2519)安政6年の奉納
<絵馬「福知山城絵図」>
1932年(皇紀2592)昭和7年の奉納
<歳旦祭> 1月1日
<初恵比須本宮祭> 1月10日
<とんど祭> 1月14日
<節分祭(豆撒き)> 2月節分
<筆供養祭> 4月第1土曜日
<叶石神社祭> 4月第1日曜日
<天満神社・稲荷神社祭> 4月25日前後
<光秀公正辰祭> 6月13日
<大祓式> 6月30日
<水無月祭> 7月中旬
<堤防祭> 8月15日
<例大祭>
10月第1日曜日
前夜には宵宮祭が行われる
「丹波光秀ききょうまつり」も行われる
<七五三祭> 11月15日
<慰霊祭> 11月上旬
<秋葉神社祭(鎮火祭)> 11月下旬
<大祓式> 12月31日