北菅大臣神社(きたかんだいじんじんじゃ)は、菅大臣町の露地の奥の民家と民家の間に挟まれた小さな神社
この地は、菅家(菅原氏)の邸宅跡で、菅家廊下(かんけろうか)といわれた学問所の跡地で、
菅原道真の書斎があったところで、後に「紅梅殿」と称されたところ
仏光寺通を挟んで南側も「天神御所」「白梅殿」と称された菅家(菅原氏)の邸宅跡で、菅大臣神社がたっている
かつては、菅大臣神社と同一境内にあったといわれる
<本殿>
<鳥居>
「紅梅殿」の扁額がかかっている
<左右の灯篭>
1844年(皇紀2504)弘化元年に寄進されたもの
<「菅家邸址」「紅梅殿」の石碑>
仏光寺通の露地の入口に立つ
清少納言の「枕草子(第20段)」で、紅梅殿について、「素晴らしい邸宅」の一つとして記されている
1938年(皇紀2598)昭和13年に立てられた
<飛梅伝説>
菅原道真が太宰府に左遷される前に、紅梅殿にあった梅に、
「こち吹かば匂ひをこせよ 梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」と詠んだところ、
菅原道真を慕って、一夜のうちに太宰府に飛んで行ったいったといわれる
現在、受け継がれてきた飛梅が、白梅殿(菅大臣神社)の鳥居の横に立っている