火遠理命(ホヲリノミコト)は、梅宮大社などに祀られている、日本神話に登場する天津神(あまつかみ)
天孫の邇邇芸命と、山の神の娘の木花之佐久夜毘売の三男
山幸彦と海幸彦の神話に登場する山幸彦(やまさちひこ)
山の恵みを司る神さん、穀物の神さん、稲穂の神さんとされる
神武天皇の祖父にあたる
<「古事記」に登場する段>
木花之佐久夜毘売
海幸彦と山幸彦
「古事記」によれば
邇邇芸命のものとに、木花佐久夜毘売がやって来て、「私は妊娠して、もうすぐ産まれます」
「この天つ神の御子は、私事として産むべきではないので申し上げます」と話す
すると、邇邇芸命は、「佐久夜毘売よ、一夜で懐妊したのか。これは我が子ではあるまい、きっと国つ神の子だ」と言う
すると、「私が妊娠した子が、もし国つ神の子であれば、生まれることがないでしょう
もし天つ神の御子であれば無事に生まれるでしょう」と言って、戸の無い八尋殿(やひろどの)を造り、
その御殿の内に入り土で塗り塞いで、生まれる直前に、その殿に火を付けて出産した
その火が盛んに燃える時に生まれた子の名前は、火照命(ホデリ)
次に生まれた子の名は、火須勢理命(ホスセリ)
次に生まれた子の御名は、火遠理命(ホヲリノミコト)、またの名は、天津日高日子穂穂手見命(アマツヒコヒコホホデミ)
この三柱が生まれた
火照命(ホデリ)は、海佐知毘古(ウミサチビコ)として、大きな魚や小さな魚を取り、
火遠理命(ホヲリノミコト)は、山佐知毘古(ヤマサチビコ)として、毛の粗い獣や、毛の柔かい獣を捕っていた
すると、火遠理命が、兄の火照命に、「それぞれの佐知(さち)(獲物を取る道具)を交換してみよう」と、
3度もお願いするも許されなかったが、遂に少しの間、交換することができた
火遠理命は、海佐知(うみさち)を使って魚を釣ろうとしたが、全く釣れず、その釣針を海に失ってしまった
火照命は、釣針を返してもらいたく「山佐知(やまさち)も己之佐知佐知(おのがさちさち)(猟師には獲物を取る道具が必要)、
海佐知も已之佐知佐知(漁師には魚を取る道具が必要)、今はそれぞれの佐知を返そう」と言うが、
火遠理命は、「あなたの釣針で魚を釣ろうとしたが一匹の魚も捕れず、遂に海に失ってしまいました」と答える
しかし、火遠理命は、兄に強く返すように責められ、御佩(みかはし)の十拳剣(とつかのつるぎ)を砕いて、
五百鉤(いほはり)(五百本の釣針)を作って、償おうとしたけれど受け取ってもらえず
さらに、一千鉤(ちはり)(一千本の釣針)を作って償おうとしたけれど「やはり元の釣針が欲しい」と言われる
そのようなことで、火遠理命が泣き患ひて海辺にいると、塩椎神(シホツチ)がやって来て、
「虚空津日高(ソラツヒコ)よ、泣き患ひている理由は何か」と問う
火遠理命は、「私と兄とで交換した釣針を失い、多くの釣針で償ったけれど、受け取ってもらえず、やはり、
元の釣針が欲しいと言われて、それゆえ泣き患ひているのです」と答える
すると、塩椎神は、すぐに間勝間之小船(まなしかつまのをぶね)(竹籠の船)を造り、その船に火遠理命を乗せて
「私が船を押し流したら、そのまま進んでいくと、よい御路(みち)があるので、その道に乗って進めば、
魚の鱗で造られた綿津見神(ワタツミ)の宮殿があります
その神の御門(みかど)に着いたら、傍の井戸の上に、湯津香木(ゆつかつら)(清浄な桂の木)があります
その木の上にいれば、海神(わたつみ)の娘が見つけて、よく計らってくれるでしょう」と教えた
火遠理命は、教えられた通りに進み、香木(かつら)に登って待っていた
すると、海神の娘の豊玉毘売(トヨタマビメ)の侍女が、玉器(たまもひ)を持って水をくもうとしたとき、
麗しき男性がいるのを見て、とても異奇に思った
すると、火遠理命は、侍女に、水が欲しいと頼んだ
侍女は、水をくんで玉器に入れて差し出すと、火遠理命は、水を飲まずに首飾りの玉を解いて口に含み、玉器に吐きだした
その玉は器に付いて離すことができず、侍女が、玉を付いたまにまに豊玉毘売命に差し出し、
「井戸の上の香木の上に、とても麗しき男性がおられます
我が王(きみ)にもまして、とても貴い方で、水を欲しがったので差し上げたら、水を飲まずに、
この玉を唾き入れ、これを離すことができないので、そのまま持ってきました」と話す
そこで、豊玉毘売命は、奇妙に思い出て見ると、すぐに一目惚れをして心を通じ合わせて、
父親に、「門のところに麗しき人がいます」と話す
すると、海神(わたつみ)は、自ら出ていって見て、「この人は天津日高(アマツヒコ)の御子の虚空津日高(ソラツヒコ)だ」と言う
そしてすぐに、中に導き入れて、アシカの皮の敷物を重ねて敷いて、
その上に、絹の敷物を重ねて敷いて、その上に座らせて、多くの贈り物を供えて、御馳走して、娘の豊玉毘売と結婚させ、
火遠理命は、3年もその国に住む
そして、火遠理命は、初めの事を思い出して、大きな溜息を一つした
豊玉毘売命が、その溜息を聞いたことで、父親に、「3年も住んでいて普段は溜息をすることも無かったのに、
昨夜は、大きな溜息を一つされました、もしかして何かの理由が有るのでしょうか」と話した
そこで、父親の大神が婿に、「今朝、娘から、大きな溜息をされたと聞いた、もしかしたら何か理由があるのか?
また、ここにやって来た理由は何か?」と尋ねた
火遠理命は、兄の釣針を失って、兄に取り立てられて困っていた経緯を詳細に話した
すると、海神は、海の大小魚を全て呼び集めて「釣針を取った魚がいるのか」と尋ねた
すると、魚たちは、「この頃、赤鯛が喉に魚の骨が刺さって物が食べられないと愁いています
きっと、これが取ったのでしょう」と申し上げた
それで、赤鯛の喉を探すと、釣針があり、すぐに取り出して洗い清め、火遠理命に差し出した
そのときに、綿津見大神は、「この釣針を兄に渡す時に、
『この釣針は、淤煩鉤(おぼち)(心がおぼつかない釣り針)、須須鉤(すすち)(心がおどりくるう釣り針)、
貧鉤(まぢち)(貧乏になる釣り針)、宇流鉤(うるち)(愚かな釣り針)』と呪文を唱えて、後手(しりへで)(呪術の行動)で
渡しなさい
そして、兄が高いところに田を作ったら、あなたは低いところに田を作りなさい
兄が下田を作ったら、あなたは高田を作りなさい
そうすれば、私が水を司っているので、3年間で、きっと兄は貧窮になるでしょう
もし、そうしたことを怨んで、攻めて戦ってきたら、塩盈珠(しほみつたま)(潮が満ちる珠)を出して溺らし、
もし、それで苦しんで助けを求めたら、塩乾珠(しほふるたま)を出して生かして、悩ませ苦しませなさい」と言って、
塩盈珠と塩乾珠の2個の珠を授けて、和邇魚(鮫)を呼び集めて、「今、天津日高(あまつひこ)の御子の
虚空津日高(ソラツヒコ)が、上の国(葦原中国)に出ていこうとしている
誰が何日で送って帰ってきて報告ができるか」と尋ねた
すると、それぞれが自分の能力に応じて日数を報告する中で、一尋和邇(ひとひろわに)が、
「私は一日で送り、すぐに帰って来ます」と申し出た
それで、その一尋和邇に、「それならば、おまえが送っていけ、ただし、海の中を渡る時には、
怖がらせてはならないぞ」と告げて、その一尋和邇の首に乗せて送り出した
火遠理命は、一尋和邇が帰ろうとしたとした時、腰につけていた紐小刀を解いて、首に付けて帰えした
それゆえ、その一尋和邇のことを、今は、佐比持神(サヒモチ)と言うのである
火遠理命は、全て海神の教えのようにして、釣針を兄に返した
それ以後、火照命は、徐々に貧しくなっていき、荒々しい心を起して迫って来た
それで、塩盈珠を出して溺れさせ、苦しんで助けを求めてきたら、塩乾珠を出して救い、苦しませると、
頭を下げて「私は、今後は、あなたの昼夜の守護人となって仕へます」と言ってきた
ある日、海神の娘の豊玉毘売命が、自らやってきて、「私は妊娠して、もうすぐ産む時となりました
天つ神の御子は、海原(うなばら)で生むべきではないので、やってきました」と話す
そこですぐに、その海辺の波打ちぎわに、鵜の羽を葺草(ふきくさ)をしいて産殿(うぶや)を造った
そして夫に、「みんな産む時には、生まれた国の姿になって産みます
ですから、私も本来の姿で産みますので、お願いですから、私を見ないで下さい」と話す
火遠理命は、その話を奇妙に思い、産もうとしているのを覗き見すると、
八尋和邇(やひろわに)の姿になって、這い回って身をくねらせているのを見て驚き、恐れて逃げだした
豊玉毘売命は、覗き見された事を知って、心恥ずかく思い、御子を産み置いて、
「私は、常に海の道を通って往き来しようと思っていましたが、私の姿を覗き見されてしまい、とても恥ずかしいことです」と話し、
海坂(うなさか)(海国と葦原中国との境)を塞いで帰っていってしまった
その生まれた御子の名は、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(アマツヒコヒコナギサタケウカヤフキアヘズ)と言う
その後、豊玉毘売命は、覗かれたことを恨んだけれども、恋しい心に忍び、その御子を養育するという理由で、
妹の玉依毘売に託して、火遠理命に歌を贈り、二人は歌を交わす
そして、日子穂穂手見命は、高千穂宮(たかちほのみや)に五百八十年、鎮座した
その御陵(みはか)は、高千穂(たかちほやま)の山の西にある
天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命は、叔母の玉依毘売命を娶って生んだ御子の名は、
五瀬命(イツセ)、稲氷命(イナヒ)、御毛沼命(ミケヌ)、
若御毛沼命(ワカミケヌ)またの名は豊御毛沼命(トヨミケヌ)またの名は神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイハレビコ)
この四柱である
そして、御毛沼命は、波先を飛び越えて常世国(とこよのくに)に渡り鎮座し、
稲氷命は、妣国(ははのくに)の海原に入って鎮座した
<日向三代(ひむかさんだい)>
父親の日子番能邇邇芸命と、
火遠理命
子供の彦波瀲武盧茲草葺不合尊 の三代のことを「日向三代」と称される
<稲穂の神、穀物の神>
木花佐久夜毘売が、産屋に火をつけて、燃え盛る中で産んだ3兄弟の名前には、
いずれも火と穂を意味する「ホ」という字が使われている
火が燃え盛るときの様子が、稲穂が、すくすくと成長し実る様子と結びつけられる
火遠理命は末っ子であり、炎が衰える様子、つまり稲穂が実って頭を垂れる様子を表しているといわれる
<皇室の祖先>
日本の国土を造りあげ管理していた大国主命から国を譲り受けた天照大御神が、自分の子孫に統治させるために
天下りさせた天孫の日子番能邇邇芸命を父親とし、
山の神の山津見の娘の木花佐久夜毘売を母親、とする火遠理命が、
海の神の綿津見の娘の豊玉姫と結ばれ鵜葺草葺不合命が生まれる
その鵜葺草葺不合命が、豊玉姫の妹の玉依毘売命と結ばれ、生まれた4人の子供の末っ子の若御毛沼命が神武天皇となる
<埋葬地>
「古事記」では「高千穂山の西」
「日本書紀」では「日向の高屋山上陵」とされている
1874年(皇紀2534)明治7年
明治政府は、宮崎県と鹿児島県の県境にある高千穂峰を「高千穂山」とみなして
その西の鹿児島県霧島市にある霧島山麓を「高屋山上陵」と治定した
<浦島太郎のモチーフ>
兄の海幸彦の釣り針をなくして困り果てた山幸彦が、海の宮に行き、海の神の娘と結ばれ、
海の神から特別な力をもらい、海幸彦を抑え統治する