賀茂別雷大神(カモワケイカヅチノオオカミ)は、山城国風土記に登場する上賀茂神社に祀られている雷神
水源となる山の神の大山咋神と、流れ下る川の水の神を祀る巫女 玉依媛命との間に生まれる
「山城国風土記」の逸文によると、
賀茂建角身命が日向国の曾の峰(そのたけ)に降臨し、八咫烏に化身して神武天皇の東征を導いた後、
奈良の葛木を経て、山城国久我から鴨川をさかのぼって、現在の上賀茂神社がある愛宕郡の賀茂に移住してきたといわれる
妻 伊可古夜日売(イカコヤヒメ)との間には、玉依日子(タマヨリヒコ)と玉依日売(タマヨリヒメ)が授けられた
玉依日売は、瀬見の小川で遊んでいたところに丹塗りの矢が流れてきたを拾い、床の間に飾っていたところ、懐妊したといわれる
生まれた男の子が成人した日、賀茂建角身命が、盛大な宴会を開き、「父親と思う者に盃を飲ませよ」と言ったところ、
盃を天に向けて、天上に昇っていったといわれる
賀茂建角身命は、その子を「賀茂別雷大神」と名付けた
丹塗りの矢は、火雷神(ホノイカズチノカミ)だったといわれる
「山城国風土記」の逸文によると、
舒明天皇年間(629年〜642年)
天候不順により不作が続いたため、天皇が神官に占わせたところ、賀茂大神の祟りであることが分かった
直ぐに、賀茂大神の祭祀を行ったところ、晴雨がほどよくなり五穀が豊作となった
それ以来、賀茂大神は、祈雨止雨、河川・治水神、農業・産業の守護神としての崇敬を集めるようになったとわれる
平安京遷都のとき
桓武天皇が行幸されて、王城鎮護の神とされた
<久我神社(伏見区)(式内社小社)>
賀茂別雷大神と、母親 玉依媛命と、母方の祖父 賀茂建角身命が祀られている
<大森賀茂神社(北区)(式内社小社)>
賀茂皇大神が主祭神として祀られている
<下鴨神社>
母方の祖父 賀茂建角身命と、母親 玉依媛命が祀られている
<賀茂祭(葵祭)>
5月15日に京都三大祭の一つとして、上賀茂神社と下鴨神社の祭事が行われる