棚倉孫神社(たなくらひこじんじゃ)は、京田辺駅の西、一休寺の東の棚倉の天神の森にある神社
江戸時代には「天満宮」と称され、天満神社祖祀るとされ、地名もこれにちなんで「天神の社」と称されていた
祭神は、天香古山命(あめのかごやまのみこと)
別名、「高倉下命(たかくらじのみこと)」「手栗彦命(たなくりひこのみこと)」とも称される
「手栗彦(たなくりひこ)」 が「棚倉孫神社(たなくらひこ)」に転訛したともいわれる
「棚倉」とは、蚕棚の小屋のことで、この地域は養蚕が盛んであったため、養蚕に関係のある神さんともいわれる
<本殿>
東面して立っている
一間社・流造・桧皮葺
<拝殿>
<絵馬殿>
<瑞饋神輿倉(ずいきみこしくら)>
<石造 燈篭>
本殿手前右手に立っている
桃山時代の作
<末社 五社>
拝殿の右に、5社が集まった一殿がある
寶蓮稲荷大明神社
祭神:正一位 稲荷大神(いなりおおかみ)
老松殿・紅梅殿
祭神:島田忠臣翁(しまだたたおきおう)・紅梅殿大神
春日大神社・天照皇太神宮・八幡大菩薩社
祭神:天児屋命・天照皇大神・応神天皇
多賀神社
祭神:伊邪那岐命・伊邪那美命
稲荷神社
祭神:宇迦之御魂神・佐田彦大神(さたひこのおおかみ)・
大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)
<末社 金毘羅社>
祭神:大物主神
石段下の左にある
<松寿院跡(しゅうじゅいんあと)>
石段下の左手にある社務所として使用されている
1844年(皇紀2504)天保15年改築の建物
江戸時代まで
棚倉孫神社の神宮寺であった梅香山松寿院の跡
明治時代
神仏分離により廃寺となり、寺子屋・田辺小学校の仮校舎として使用される
1873年(皇紀2533)明治6年
田辺小学校開校により社務所になる
<祈年祭>
2月 17日 の後の日曜日
<例祭>
10月15日
神賑行事(かみにぎわいぎょうじ)として
2年に1度、秋の収穫を祝って約30種の穀物や野菜などで飾られた「瑞饋神輿(ずいきみこし)」が巡行する
1978年(皇紀2638)昭和53年2月
氏子を母体に「棚倉孫神社瑞饋神輿保存会」が結成される
1991年(皇紀2651)平成3年10月
瑞饋神輿の巡行日を体育の日とされる
<新嘗祭>
11月23日
<除夜祭>
12月31日