八千代大明神(剣崎稲荷社)(やちよだいみょうじん)は、宇治川の北側、濠川にかかる平戸橋のすぐ南、
2つの川に挟まれた洲地にある神社
宇治川に突き出た、剣先のような地形に祀られ「剣崎さん」とも称される
江戸時代中期の1780年(皇紀2440)安永9年の「都名所図会」の現在地付近に社が記されている
<本殿>
八千代明神が祀られている
石積みの上に祠がおかれている
<拝殿>
<末社>
本殿左側(北側)にある
子狐(八千力大明神)(清姫大明神)が祀られている
<狐伝承>
北の稲荷山から、猟師に追われた女狐が、この付近の女性おこうの家に逃げ込んだ
女狐は、どんな病も治すから家に匿って欲しいと頼み、おこうに憑いて「八千代」と名乗った
村人たちは、おこうの家に集まってきて、祈祷を依頼するようになる
人々の病気を治し、八千代の託宣を受け、よく当ることから、人々から崇められるようになる
奉行所は、おこうを取り調べたが、怪しいことはなく、お告げの正しさも証明され、
奉行は、河川合流地の川の氾濫を防ぐために、この地に八千代を祀る社を創建することを命じたといわれる