金平糖(こんぺいとう)は、室町時代末期にポルトガルから日本に伝えられた砂糖菓子
カラフルな色の、直径1cmほどの球形で、表面に角状の突起による凹凸を持っている
皇室の引き出物として利用されていた
餅米を細かく砕いた「イラ粉」が核にされ、一個の核が一個の金平糖になる
回転している大きな釜「銅鑼」の中に核を入れ、十分に温まったところで、グラニュー糖を煮詰めて溶かした蜜がふりかけられる
水分を蒸発させて、蜜をかける、という作業を10日〜20日間繰り返す
結晶の具合を見ながら、釜の回転を速くしたり遅くしたり、釜の角度を上げたり下げたり、
蜜の濃度を濃くしたり薄くしたりされる
手間を離せば、ツノが折れたり、全部が一個に固まってしまう
金平糖のツノは、核が釜の上から下へ転がっていく時、鉄板に触れた部分の蜜が乾いて少し固いところができ、
そこがわずかに出っ張るため、他の場所よりも蜜が付きやすくなり、少しずつ大きくなってツノになるといわれる
日本で唯一の金平糖の専門老舗
所在地:京都市左京区吉田泉殿町
創業:慶応年間(1865年〜1868年)
天然の味を付けると砂糖が固まらないといわれているが、50種ほどの天然風味な金平糖が作られている