堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)は、京都市の南北に走る通りを読み込んだ歌
1708年(皇紀2368)宝永5年
江戸時代前期に活躍した近松門左衛門の浄瑠璃「堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)」で歌われる
寺、御幸、麩屋、富、柳、堺町 (てら、ごこ、ふや、とみ、やなぎ、さかいまち)
相(間)の東は玉敷きの (あい(あい)のひがしはたましきの)
御垣に囲ふ五つ緒の (みがきにかこふいつつおの)
車、烏丸、両替、室、衣 (くるま、からすま、りょうがえ、むろ、ころも)
新、釜、西、小川、油 (しん、かま、にし、おがわ、あぶら)
醒ヶ井、堀川の (さめがい、ほりかわの)
岸の平砂を白波に、 (きしのへいさをしらなみに)
照らせば今も夏の夜の・・・・
堀川波鼓に出てくる京都の東西に走る通り
寺町通(てらまち)
御幸町通(ごこまち)
麩屋町通(ふやちょう)
富小路通(とみのこうじ)
柳馬場通(やなぎのばんば)
堺町通(さかいまち)
間之町通(あいのまち)
東洞院通(ひがしのとういん)
車屋町通(くるまやちょう)
烏丸通(からすま)
両替町通(りょうがえちょう)
室町通(むろまち)
衣棚通(ころものたな)
新町通(しんまち)
釜座通(かまんざ)
西洞院通(にしのとういん)
小川通(おがわ)
油小路通(あぶらのこうじ)
醒ヶ井通(さめがい)
堀川通(ほりかわ)
現在の通りと比較すると、堺町通と間之町通の間に、高倉通が抜けている
近松門左衛門が意図的に抜いたものかどうかは不明