雙ヶ岡(ならびがおか)(双ヶ丘)は、御室の仁和寺の南方、妙心寺の西の丘陵
北から一の丘・二の丘・三の丘が一直線上につらなり順次低くなっている
山腹には古墳群がある
山頂からは洛西一帯を望み眺望がよく、古くから天皇の遊猟地で、和歌の名所となっている
北から一の丘・二の丘・三の丘が一直線上につらなる
周囲を住宅に囲まれ、南北約700m、東西約170〜350mの独立丘陵
赤松(あかまつ)を主体に、檜(ひのき)・杉・ソヨゴ・コナラ・アラカシ・エゴノキ・モチツツジ・リョウブなどが生育
野生鹿も生息している
<一の丘>
標高116m
卜部兼好を偲んで建立された浄土宗の尼寺 長泉寺がある
頂上には、古墳時代後期の豪族首長のお墓と思われる古墳墓がある
頂上は、双ヶ丘の最高地点で、北嶺の仁和寺や、西北東に渡って開けた眺望が開けている
<二の丘>
標高102m
頂上から北へ少し下がったところから比叡山、大文字など東北方面への眺望が開けている
<三の丘>
標高78m
三の丘の東側には鳥羽天皇の中宮である待賢門院が建立した法金剛院がある
南に向け、なだらかな傾斜をもって低くなっている
<とおみのひろば>
二の丘頂上から北へ下がったところ
眼下の妙心寺から京都市街、東山が一望におさめられる絶景の場所
<つれづれのみち>
雙ケ岡東麓を北から南への散策路
北の仁和寺、南の法金剛院を結ぶ歴史の道
道幅2.5〜4.0m、全長約600m
園路沿いに桜などの花木を中心にした「こもれびのひろば」、疎林と芝生の「はなみのひろば」がある
雙ケ岡には、2群の約20の円墳がある
一部の支配階級ではなく、より広範な階層の人々のお墓といわれる
<一号墳>
一の丘山頂の円墳
昭和55年の発掘調査が行われる
直径約44m、高さ約8m
主体部は横穴式石室、石室の全長14.6m、
玄室(死者の棺を安置する所)は幅3.6m、高さ5m
6世紀末から7世紀初頭の築造
首長級の古墳といわれ、広隆寺の創建者秦河勝(はたのかわかつ)のお墓といわれる
金環・須恵器・土師器などが出土している
山頂からは洛西一帯を望んで眺望がよく、古くから天皇の遊猟地で、古来和歌の名所となっている
<兼好法師>
二の丘の西麓に住んだといわれる
一の丘東麓の長泉寺には、歌碑とお墓がある
「雙岡(ならびのおか)に 無常所設けて 傍らに 櫻を植さすとて
契りおく花と雙(ならび)の岡の上に あはれ幾代の春を過ぐさむ」
<後宇多上皇>
「いろいろにならびの岡のはつ紅葉 秋の嵯峨野のゆききにぞみる」