孝明天皇後月輪東山稜(こうめいてんのうのちのつきのわのひがしのみささぎ)は、泉涌寺にある孝明天皇の御陵
泉涌寺の北門近くの御陵参道を登り、途中で、後堀河天皇観音寺陵への参道と分かれ、右へ上っていったところにある
英照皇太后後月輪東北陵(えいしょうこうたいごうのちのつきのわのひがしきたのみささぎ)も同地にある
<後月輪東山陵(のちのつきのわのひがしやまのみささぎ)>
泉涌寺の月輪陵(つきのわみさぎ)の背後の山腹、一番東の奥にある
孝明天皇が葬られている
従来の仏式葬の石塔から、古式に改められ、円墳を模して円丘が築かれた
葬儀は泉涌寺において仏式で営まれている
<後月輪東北陵(えいしょうこうたいごうのちのつきのわのひがしきたのみささぎ)>
孝明天皇後月輪東山稜の北側にある
孝明天皇の女御(皇太后と尊称されて)英照皇太后が葬られている
<月輪陵(つきのわみさぎ)>
東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓、泉涌寺霊明殿の東にある
四条天皇、後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵、5灰塚、9墓がある
天皇は九重石塔、皇妃は無縫石塔(むほうせきとう)、親王墓は宝篋印石塔を建てただけという質素のもの