鳥羽天皇安楽寿院陵は、鳥羽離宮(鳥羽殿)の東殿に付設された安楽寿院の西にある
鳥羽離宮は、平安時代末期に、白河上皇が創建した院御所
白河上皇の後を引継いだ鳥羽上皇の時代にほぼ完成したといわれ、南北朝時代まで院御所とされていた
鳥羽天皇は、白河法皇の院政もとで、5歳で即位
20歳で、長男の崇徳天皇に譲位
白河法皇が崩御の後、鳥羽上皇が、崇徳天皇、近衛天皇、後白河天皇の3代、28年間にわたり院政を行った
39歳のときに東大寺戒壇院にて受戒し法皇となる
53歳で、安楽寿院で崩御され、自ら陵所と定められ建立していた本御塔に葬られる
<法華堂>
1864年(皇紀2524)元治元年の建立
<碁盤の梅>
法華堂の右横に立つ梅
当時、僧侶たちが碁ばかりして修行を怠ったため、境内での碁を禁止して、
碁盤を埋めその上に梅の木を植えて戒めたといわれる
現在の梅は、数代目の子孫の梅の木
<冠石>
鳥羽上皇が、白河上皇が創建した鳥羽離宮に入ったとき、この石の上に冠を置いて、
これを中心に殿舎や仏殿を増築といわれる
鳥羽上皇が法皇になられた時に、石の下に冠を納められたといわれる