閑院宮邸跡(かんいんのみやていあと)は、京都御苑の南西に残る閑院宮の邸宅跡
閑院宮は、江戸時代の四親王家のひとつ(伏見宮、八条宮(桂宮)、有栖川宮)
庭園と収納展示館があり、京都御苑の自然と歴史についての展示や解説が行われている
<閑院宮邸跡>
京都御苑の南西に残る
場所を変えず、ほぼ完全な形で残る唯一の宮家屋敷
江戸時代の宮家の生活が知れる貴重な遺構
閑院宮邸のあった場所は、鎌倉時代に「第六の摂関家」とも称される松殿家があったところ
松殿家は、木曾義仲とともに繁栄と衰退し、断絶した
江戸時代初期
公家町南西部の現在の地に邸宅が創立される
当時の敷地は、現在より広大であり、東は九条池(九条邸の庭園)のすぐ隣まであったとされる
庭園の池は、2/3ほどしか整備されておらず、残り1/3は地中に埋もれている
敷地:約11,400m2
建物:約860m2
中庭を囲むロの字型で、木造平屋建の4つの棟がある
東門、長屋門(北門)の2つの門から出入りできる
<南棟(展示室)>
書院造
西奥の間は、天井に虹梁(化粧ばり)を渡し蟇股がある化粧屋根裏天井となっている
秋には紅葉、春には新緑が床に写る
<東棟(玄関)>
正面に千鳥破風の車寄せがある
<西棟(レクチャーホール)>
<北棟(一般財団法人国民公園協会)>
<宮内庁京都所長官舎跡>
西奥にある
建物の基礎と沓脱石・手水鉢・庭園などが残っている
1892年(皇紀2552)明治25年に建立される
2014年(皇紀2674)平成26年に庭園が復元整備される
<庭園>
南東にある池庭
州浜状の石敷きなどが確認され、宮家や公家が好む庭園様式が取り入れられていた
1915年(皇紀2575)大正4年
大正天皇即位大礼に伴い提案などが整備され、一部が分断され形も変わる
<庭園(西奥)>
宮内庁京都所長官舎跡にある池庭
遺水は、琵琶湖疏水から引かれた御所水道の末端水が用いられたといわれる
<閑院宮邸跡収納展示館>
書院造の南棟がリニューアルされている
京都御苑の自然と歴史についての写真、絵図などの収納展示室がある