皇女和宮生誕の地(こうじょかずのみやせいたんのち)は、朝廷から将軍 徳川家茂に嫁いだ和宮親子内親王の生誕の地
和宮親子内親王の母親 観行院(橋本経子)の実家で、14年間を過ごした橋本家の跡地
京都御苑の松林の中に木標が立てられている
<橋本家(はしもとけ)>
藤原北家閑院流・公季流 西園寺家の分家
羽林家の家格を有する
羽林家とは、天皇を守る近衛の将を任ずる武官の家柄
南北朝時代
公家 西園寺公宗の長男 西園寺実俊(さいおんじさねとし)を初代とする
江戸時代後期
橋本家17代 橋本実麗(さねあきら)の妹 橋本経子(つねこ)(観行院)が、仁孝天皇に典侍として仕え、
和宮親子内親王を産む
和宮親子内親王は、橋本家で養育され、和宮親子内親王の将軍家降嫁に伴い、橋本家は加増された
橋本家17代 橋本実麗の息子 橋本実梁(さねやな)が、橋本家18代となる