平安京朱雀大路跡(へいあんきょうすざくおおじあと)は、平安京のメインストリートであった朱雀大路の跡
五条千本 JR山陰本線(嵯峨野線)丹波口駅の南東、中堂寺児童公園南西に銘板が置かれている
五条千本 JR山陰本線(嵯峨野線)丹波口駅の南東、中堂寺児童公園南西に銘板が置かれている
<平安京朱雀大路跡>
建立年:1978年(皇紀2638)昭和53年9月
建立者:京都市
大きさ:高さ68 x 幅111 x 奥行97cm
碑文(北側)
平安京朱雀大路跡
朱雀大路は、平安京の朱雀門から南へ羅城門まで、平安京の中心を南北約4kmにわたって走る主要大路である。
道路の幅は28丈(約84m)をはかり、両側には溝、犬走、垣が設けられ、
さらに柳の並木がこの大路に色どりを添えていたといわれる。
朱雀大路の両わきには、貴族の邸宅や役所の建物などがたちならび、迎賓館としての東、西鴻臚館や天皇家別邸である
朱雀院などもそこに建てられていた。
この大規模な道路も、平安後期ごろから無用の長物と化して、鎌倉以後、急速にその機能を失い、荒廃していった。
この朱雀大路の痕跡をとどめるのが、現在の千本通りである。
現在地は昭和50年夏、秋の発掘調査によって、朱雀大路の一角が発見された地点である。
ここでは、平安京楊梅小路と朱雀大路の交差点を中心に、朱雀大路東側溝が延長120mにわたって検出され、
はじめて朱雀大路の正確な位置が確認されたのである。
昭和53年9月1日 京都市
<発掘調査>
1975年(皇紀2635)昭和50年
現在の地で発掘調査が行われ、朱雀大路の存在・位置が初めて確認された
平安京楊梅小路と朱雀大路の交差点を中心に、朱雀大路東側溝が延長120mほど発見された