有智子内親王墓(うちこないしんのうぼ)は、第52代 嵯峨天皇の第8皇女 有智子内親王の陵墓 嵯峨野の落柿舎の西隣にある 有智子内親王は、漢詩人でもあり、初代の賀茂斎王
嵯峨野の落柿舎のすぐ西隣の、有智子内親王の春日山荘の跡に陵墓がおかれる かつては、陵墓の上に小祠が建てられ「姫明神(ひめみょうじん)」と称されていた 現在の地名「嵯峨小倉山緋明神町(ひのみょうじんちょう)」の由来となる