斎王代・女人列御禊神事は、賀茂社で行われる賀茂祭(葵祭)の前儀の一つ
葵祭の斎王代と、女人列に参加する40人の女性が身を清める神事
斎王代は、十二単を着て、御手洗池(みたらしいけ)で川の水に両手を浸して身を清め、
人形(ひとがた)を流して御禊(ぎょけい)が行われる
女童(めのわらわ)・小袿の命婦(みょうぶ)・女嬬(にょじゅう)・内侍(ないし)・女別当などが順に清める
古くは鴨川の河原で行われてたが、鎌倉時代前期に斎院の廃止と共に中断される
午前10時から神事が行われる
奏楽の中、斎王代や女人列が一ノ鳥居より参進する
手水の儀
橋殿殿上に著座される
中臣祓詞宣読(のりとせんぞく)
斎王代や女人列の修祓が行われる
御手洗川にて御禊される
形代(かたしろ)にて解除(げじょ)される
本殿を遥拝する
全員、退下する
斎王は、「いつきのひめみこ」とも称され、「斎」とは「潔斎して神に仕える」ことをいう
伊勢神宮や上賀茂神社に奉仕して精進潔斎する皇女や王女のことで、未婚の内親王が選ばれていた
斎王が住んでいた所を「斎院」と称され、葵祭の奉仕のために賀茂の斎院から、華やかな行列で出入りされた
810年(皇紀1470)弘仁元年
嵯峨天皇により、伊勢神宮の斎王にならって、賀茂の社にも斎王がおかれた
斎王代は、斎王の代理として、京都在住の一般市民から未婚女性が選ばれる
華やかな十二単の上に白い小忌衣(おみごろも)を着る
重さは約30kgもあり、着付けに、2人がかりで3時間近くかかるといわれる
髪型は、おすべらかしで、金属製の飾りもの「心葉」をつけ、額の両側には「日陰糸」を下げる
手には、桧扇(ひおうぎ)を持つ
「四方輿」と称される、四方が開放されて、御簾(みす)が取り付けてある腰輿(およよ)に乗る