占出山(うらでやま)は、祇園祭における山鉾の一つの舁山
神功皇后が、肥前国 松浦川で、鮎を釣って戦勝の兆としたという説話を表している
神功皇后は、安産の神さんとして祀られ、山鉾巡行のくじ順が早いとその年はお産が軽いといわれる
町衆に人気があり、明治時代までは「あいわい山」と称されていた
<御神体(人形)>
神功皇后が祀られている
周囲を閉じた灯明の光で衣裳が着付けられる
木芯に五十束の腹帯を巻いて形を整えられ、この腹帯は巡行後に授与される
顔に神面を付けて、黒髪を長く垂れ、金の烏帽子(えぼし)に太刀をはき、右手に紅紐の釣糸の篠竹の釣竿、
左手に釣り上げた鮎(約40cm)を持って立っている
<お社>
正一位 吉国大明神
<真松>
御神体が女性なので、雄松(黒松)が立てられる
<水引>
「三十六歌仙図」の肉入刺繍
三十六歌仙は、万葉集から延喜までの秀歌150首を、鎌倉時代に祐盛法師が、一人一首を抜いて左右に分けて競う形にしたもの
正面中央から向かって右へ、柿本人麻呂・凡河内躬恒・在原業平・大伴家持・平兼盛・源公忠・藤原兼輔・藤原清正・
坂上是則・小大君・猿丸太夫・源宗干・藤原敦忠・藤原敏行・大中臣能宣・
素性法師・藤原興風・斎宮女御
正面中央から向かって左へ、紀貫之・伊勢・山辺赤人・僧正遍照・清原元輔・藤原高光・小野小町・源順・源重之・紀友則・
藤原信明・壬生忠岑・壬生忠見・藤原仲文・藤原朝忠・中務・大中臣頼基・藤原元真
歌も刺繍されてる
1831年(皇紀2491)天保2年の製作
1985年(皇紀2645)昭和60年に京友禅のものが新調された
<前懸・胴懸>
日本三景の綴錦
前懸は巌島(いつくしま)(宮島)、左胴懸は松島、右胴懸に天橋立が描かれている
1831年(皇紀2491)天保2年の製作
1984年(皇紀2644)昭和59年から1990年(皇紀2650)平成2年にかけて復元新調された
奥川来厳の松島図の下絵も別に保存されている
<見送>
富士山浦風景図の綴錦
1890年(皇紀2550)明治23年
後懸(1831年(皇紀2491)天保2年の製作)を見送りに作り直したもの
<旧見送>
中国 明時代の「鳳凰牡丹円紋」や、「花鳥龍図」の綴錦、1890年(皇紀2550)明治23年作の「霞に新羅古鏡の図」などがある
<御太刀(国宝)>
三条宗近の作
<隅房金物>
歌仙に合わせて桧扇に菊がデザインされている
<御神体衣装>
神功皇后は安産の神として公家の信仰が篤く、女院や公卿の娘などから寄進された小袖や打掛(うちかけ)・
水干(すいかん)などが、多数保存されている
「1番の衣装持ち」ともいわれる
<町会所>
神社の形式が残っている
<安産御守>
神功皇后は安産の神として、宵山には安産の御守りと腹帯などが授与される
船鉾と同様に、御神体に多くの岩田帯を巻いて巡行し、後で安産御腹帯として授与される
神功皇后に参拝し、2本捧げた蝋燭(ろうそく)のうち短いほうを持ち帰り、お産の時に灯すと燃え尽きるまでに安産するといわれる
町内の子供たちが唄うお守り売りの唄
「安産のお守りは これより出ます つねは出ません今晩かぎり ご信心のおんかたさまは ろうそくいっちょう けんじられましょう」と
抑揚をつけて唄いながらお守りが売られている