鍬山鉾(くわやまほこ)は、亀岡祭の山鉾の一つ
鍬(くわ)で保津川を拓いて丹波国を造られたとされる鍬山大明神(鍬山神社の祭神)をご神体とする
城下町特有の狭い曲がりくねった道に対応する仕掛け(からくり)が付いている
くじ取らずで、毎年、山鉾巡幸の最後を務める
全7曲の囃子が伝承されている
江戸時代中期
1765年(皇紀2425)明和2年
明神山の名前で、曳山として巡行していたとの記録がある
1811年(皇紀2471)文化8年
現存の懸装品の多くが、このときに新調される
2002年(皇紀2662)平成14年
約200年ぶりに、囃子の一部が復活される
2003年(皇紀2663)平成15年
全7曲の囃子が完成する
2005年(皇紀2665)平成17年
約200年ぶりに、曳山に復元新調される
ご神体として、鍬(くわ)で保津川を拓いて丹波国を造られたとされる鍬山大明神が祀られる
鍬山神社の祭神でもある
<胴懸>
19世紀初頭のイギリスのビクトリア朝時代の毛織物で黄羅紗地西洋花文様捺染「花籠と花瓶文様紋羅紗」
東インド会社による交易で得たものといわれる
<見送>
縹地雲竜文様綴錦
1811年(皇紀2471)文化8年の新調
1988年(皇紀2648)昭和63年に改修されている
<水引幕>
刺繍「鳳凰の図」3点
1991年(皇紀2651)平成3年の改修
<前懸>
綴織「仙人書画之図」
1811年(皇紀2471)文化8年の新調
1989年(皇紀2649)平成元年に補修されている
<旧前懸>
萌葱ビロード地に肉盛刺繍「樹下賢人読書の図」
江戸時代後期のもの