並河靖之七宝記念館(なみかわやすゆきしっぽうきねんかん)は、三条神宮道の西、白川の近くにある記念館
明治時代から大正時代にかけて活躍した日本を代表する七宝焼の家で、帝室技芸員だった並河靖之の作品を
所蔵・展示している並河靖之の旧邸
並河靖之の作品約130点が所蔵されている
<建物(国登録有形文化財および京都市指定歴史的意匠建造物)>
並河靖之の自宅兼工房であった町家
大規模な表屋造で、通り庭(台所)もある京都の伝統的な商家の建物
表屋・主屋・旧工房・旧窯場が国登録有形文化財に指定されている
海外からのお客も多かった応接間は、鴨居の高さが少し高くされている
1894年(皇紀2554)明治27年の竣工
<庭園(京都市指定名勝)>
七代目 小川治兵衛による作庭
個人宅で最初に琵琶湖疏水が利用された庭
池に浮かぶ島に見立てた岩に家屋の柱が支えられている
景石や燈籠など石へのこだわりもある
並河靖之は、青蓮宮(後の久邇宮朝彦親王)の侍臣を勤めながら、中国七宝から独自に七宝技術を獲得した
明治時代の工芸品は主に外貨を稼ぐために海外へと流れ、日本の人の目に触れることは少なく
ここに残る約130点は、世界の美術界でも貴重なもの
<七宝焼>
金・銀・銅などの金属製の上に釉薬を乗せ、摂氏800度前後の高温で焼成することによって、融けた釉薬によるガラス様
あるいはエナメル様の美しい彩色を施すもの
釉薬(ゆうやく)は、クリスタル・鉱物質の微粉末を水とフノリでペースト状にしたもの
「七宝」の名は金・銀・真珠・瑪瑙(めのう)・瑠璃(るり)・玻璃(はり)・蝦蛄(しゃこ)の七つの宝石から由来するともいわれる
作品を仕上げるのに、高度な技術と習熟が必要な多くの職人を必要とし高価なものとなり、主に、皇室や貴族・富豪向けに
作られていたが、その後、花瓶・額・仏具・アクセサリなど様々な製品が製作されている
技法的には、有線七宝・無線七宝・省胎七宝・象眼七宝などがある
並河靖之は、有線七宝という技法を追及し、無線七宝は東京の涛川惣助が得意とし、「西の並河、東の涛川」と称賛された
並河靖之の作品は、多様な色彩と、深く透き通った艶が特徴
難しいとされた黒色透明釉や、筆のタッチのような繊細な植線づかいを極める
あでやかな花鳥風月や叙情的な風景、名所図をモチーフとした精緻な画などを描きだした