総角之古蹟(あげまきのこせき)は、源氏物語後半の宇治を舞台に描かれた宇治十帖のゆかりの地の一つ
「総角(あげまき)」は、「源氏物語」第47帖、宇治十帖の第3帖
宇治上神社から源氏物語ミュージアムにかけてのさわらびの道に石碑が立っている
薫君(かおるのきみ)の24歳の秋8月、八の宮(はちのみや)の一周忌法要が営まれ、薫君は細かい気配りをする
その夜、薫君は、大君(おおいきみ)に近づき意中を訴えるが、大君に拒まれ、そのまま夜通し語り合って別れる
薫君は、仏前の名香(みょうごう)の飾りに託して、大君への想いを詠む
総角に長き契りを結びこめ おなじ所によりもあはなむ」
大君は、父宮の遺志を守って、宇治で住んで独身をとおす決意をしており、
その一方で、妹の中君(なかのきみ)を薫君と結婚させようと考えていた
一方、中君は、大君の衣服に薫君の強い香が染み付いていたことで、薫君との仲を疑った
一周忌が済んで間もなく、宇治を訪れた薫君は、大君の結婚を望む老女房の弁たちの手引きで大君の寝所に入る
しかし、大君は、いち早く気配を察して、中君を残して隠れてしまう
薫君は、後に残された中君に気付き、二人はそのまま語り明かすことになる
大君の意思を知った薫君は、中君を匂宮(におうのみや)と結婚させようと考え、
9月のある夜、密かに匂宮を宇治に案内し、中君と逢わせてしまう
薫君は、事実を打ち明け大君に結婚を迫るが、大君は承知しなかった
匂宮は、三日間、中君の元に通い続けたが、その後は身分柄から思うように宇治を訪問することができなかった
大君と中君は、匂宮の訪れが途絶えたことを嘆き悲しんだ
10月、匂宮は、宇治川に舟遊びや紅葉狩りを催して中君に会おうと計画したが、多くの人が集まり盛大になりすぎて、
目的を果たせなかった
父の天皇は、匂宮の遠出を止めさせるために、夕霧左大臣の娘の六の君(ろくのきみ)との結婚を取り決める
これを聞いた大君は、心労のあまり病に臥し、薫君の懸命の看病もむなしく、11月、薫君の胸で看取られる中で息絶える
大君は26歳だった
その日は、豊明節会の日で、宇治は吹雪の夜だった
大君と結ばれぬまま終わった薫君は、深い悲嘆に沈み、宇治に籠って喪に服した
匂宮は、中君を京の二条院に引き取る決意をする
<総角>
薫君が、八の宮の一周忌法要の仏前の名香の飾りに託して、大君への想いを詠んだ
「総角に長き契りを結びこめ おなじ所によりもあはなむ」にちなむ
(あなたが縒り結んでいる総角結びのように、あなたと私が長く寄り添えるようになりたいものだ)
<総角(あげまき)>
古代の髪形の一種
伸びた髪を左右二つに分け、耳の上で両髻(もとどり)を小さく角のように結ぶ形
<総角之古蹟碑>
さわらびの道の、宇治上神社から源氏物語ミュージアムにかけての山手の、
仏徳山(大吉山)ハイキングコース入口付近に、石碑が立っている
近くの宇治神社と宇治上神社には、八の宮のモデルといわれる莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)が祀られている
平等院の対岸でもあることから、付近一帯が八宮邸跡と想定され、総角の古蹟とされてきたといわれる
すぐ近くには、与謝野晶子の宇治十帖歌碑もある