大歓喜寺(だいかんきじ)は、相国寺の東、寺町通に面して住宅地に挟まれるようにしてはある寺院
京都の門跡尼寺の最上位で「御寺御所(おてらごしょ)」とも称された大聖寺門跡の歴代の門跡が祀られている菩提寺
皇女尼僧たちの命日には、宮内庁によって非公開の正辰祭が行われている
境内の奥に、宮内庁が管理する大聖寺宮墓地がある
桃山時代から江戸時代末期に至る大聖寺門跡となった歴代の皇女尼僧の墓地
大聖寺門跡は、京都の門跡尼寺の最上位で「御寺御所(おてらごしょ)」とも称された
9墓1塔がある
<正親町天皇皇孫女 永邵女王墓(えいしょう)>
<後陽成天皇皇女 文高女王墓(ぶんこう)>
<後陽成天皇皇女 永宗女王墓(えいそう)>
<後水尾天皇皇女 元昌女王墓(げんしょう)>
<後水尾天皇皇女 永亨女王墓(えいこう)>
<霊元天皇皇女 八重宮墓(やえのみや)>
<霊元天皇皇女 永秀女王墓(えいしゅう)>
<霊元天皇皇女 永応女王塔(えいおう)>
<中御門天皇皇女 永皎女王墓(えいこう)>
中御門天皇の第7皇女 天巌永皎(諡号:勝妙楽院天厳)
1769年(皇紀2429)明和6年、紫衣を許され、大聖寺門跡を中興した
詩人・歌人・茶人でもあり、売茶翁 高遊外と交流し「煎茶道永皎流」を創始する
<光格天皇皇女 永潤女王墓(えいじゅん)>
<正辰祭>
皇女尼僧たちの命日に、宮内庁によって非公開で行われている
<大聖歓喜寺>
千本通北辺にある
開基:空海といわれる
その後、廃絶し、大聖歓喜天堂のみが残されたといわれる
<中世日本研究所女性仏教文化史研究センター>
庫裏内におかれてる
東アジア地域における女性と仏教の歴史に特化したデータベースの作成、京都・奈良における尼門跡調査修復プロジェクトなどが
行われている
2001年(皇紀2661)平成13年11月
コロンビア大学名誉教授のバーバラ・ルーシュ氏が大歓喜寺を訪れ、空き家になっていた庫裏を借り、
「中世日本研究所」が設置される
2003年(皇紀2663)平成15年
バーバラ・ルーシュ氏が、コロンビア大学の中世日本研究所の姉妹団体として「女性仏教文化史研究センター」を設立する