華光寺(けこうじ)は、出水通を七本松通から東に入ったところにある寺院
七番町は、桃山時代の聚楽第の武家町跡
周辺にも各宗派の寺院がいくつもあり「てらまち」とも称される地域にある
<山門>
<本堂>
中央に本尊 十界曼荼羅が祀られている
<毘沙門天の鳥居>
本堂の前(右側)に立てられている
<岩国大明神>
本堂の横に立つ
<鐘楼>
<梵鐘(京都府指定文化財)>
銅鐘、高さ102cm、口径57cm
撞座の蓮華文以外の装飾はない
1288年(皇紀1948)正応元年の作で、鎌倉時代後期の代表作
かつて丹波国 愛宕山別院 巌辺寺にあり「丹州巌辺寺鐘」と銘がある
「正応元年」鋳物大工橘則弘作の銘もある
戦時中の金属供出をまぬがれた
<時雨松(しぐれのまつ)の古株>
鐘楼の下にある
豊臣秀吉手植えの松といわれる
晴れの日も枝からしずくを落としたといわれ、出水七不思議の一つとされる
枯死してしまって、子孫の松が育成している
<五色椿>
五色の花をつけたという椿
出水の七不思議の一つ
枯死してしまって、七種の椿が育成している
<門前の石碑 大毘沙門天>
<門前の地蔵尊>
<法界の石塔 南無妙法蓮華経>
<手水舎>
<墓地>
京都町奉行 長谷川宣雄
幕末維新の尊攘画家 宇喜田一恵
山陵研究家 平塚瓢斎
加藤清正の累代子孫一族
など30数基がある
<毘沙門天像>
豊臣秀吉が伏見城で祀っていた念持仏が寄進され、華光寺の守護神にされた
平安時代後期の鞍馬寺の毘沙門天像と同木、同作といわれる
江戸時代以降、開運厄除けの神さんとして信仰された
毘沙門天像開帳 毎月1日