二尊院(にそんいん)は、嵐山嵯峨野の北西部 「百人一首」で有名な小倉山の東麓にある寺院
平安京の西の葬送の地である化野の入口付近にある
寺名は、発遣(ほっけん)(使者などを送り出すこと)の釈迦如来と、来迎(浄土へ迎えること)の阿弥陀如来の
二体の本尊が安置されていることに由来する
正式名称は、「小倉山 二尊教院 華台寺」と称される
6月上旬〜6月下旬には紫陽花(あじさい)、夏は百日紅の名所
総門を入った「紅葉の馬場」と称される参道は、紅葉の名所
<総門>
豪商 角倉了以が伏見城の薬医門を移築した遺構といわれる
<山門石碑>
山門の向かって左手前に立っている石碑
「大界外相(たいかいげそう)」と刻まれ、「ここからは聖域である」という意味を表している
<紅葉の馬場>
総門を入って黒門までの間の参道
紅葉の名所となる広い参道
<勅使門(唐門)>
内側の扁額「小倉山」は、後柏原天皇の筆の勅額
応仁の乱で焼失
1521年(皇紀2181)永正18年
三条西実隆によって再建される
<本堂>
二尊(釈迦如来、阿弥陀如来)立像が祀られている
京都御所の紫宸殿を模していて外陣の廊下は鴬張りになっている
扁額「二尊院」は、後奈良天皇の筆の勅額
応仁の乱で焼失
1521年(皇紀2181)永正18年の再建
<龍神遊行の庭>
本堂前庭
かつて、この地に龍女が住み、正信上人によって解脱昇天した故事にちなむ
<寂光園>
本堂南側の石庭
浄土の世界を表したものといわれる
<茶室「御園亭」>
寂光園の奥にある茶室
狩野永徳の筆の腰張りがある
1697年(皇紀2357)元禄10年
後水尾天皇の第五皇女 賀子内親王の御化粧間であったものが下賜される
<御霊屋>
本堂の北側にある
<九頭龍弁財天堂>
<法然上人廟>
弁財天堂脇の石段を登りつめたところにある
<八社ノ宮>
境内の北の端に建つ
室町時代の建立
<墓地>
八代の宮の前から坂を上っていった本堂背後の小倉山中腹にある
角倉了以・角倉素庵父子、伊藤仁斎・伊藤東涯父子、
三条実萬・三条実美父子などのお墓
二条家・三条家・四条家・三条西家・鷹司家・嵯峨家の墓地
阪東妻三郎のお墓
田村家(田村正和・田村高廣)のお墓
<三帝陵>
境内の奥にある
右より、土御門天皇・後嵯峨天皇・亀山天皇の分骨が安置されている
<鐘楼(しあわせの鐘)>
角倉了以像の裏手にある
世界平和を祈願して参拝者が撞ける
1604年(皇紀2264)慶長9年の鋳造
1992年(皇紀2652)平成4年に再鋳され「しあわせの鐘」と名付けられる
<扇塚>
弁財天堂の前にある塚
山内流始祖・二代、吉村流開祖・二代・三代の家元を供養するために、吉村流第四世家元 吉村雄輝(人間国宝)らが建てたもの
吉村雄輝は、高知県生まれで、池端慎之介の父親
<高浜虚子句碑>
「散紅葉 こゝも掃きゐる 二尊院」
<湛空上人廟>
九頭龍弁天堂と鐘楼の間の階段を登ったところにある
<小倉餡発祥の地>
石碑と、その横にオブジェクト「真(しん)」が立っている
平安建都千二百年記念のときに行われた野外彫刻展の入選作
橋本清の作
円形は時間の流れを現し、ややねじれているのは、この世に完全無欠なものはないことを象徴しているとされる
石碑は、井筒八つ橋本舗が、創業200年を記念して建てられたもの
裏面に小倉餡の歴史が刻まれている
<四條流包丁塚(しじょうりゅうほうちょうづか)>
<丸山海道・佳子夫妻句碑>
「春深し佛の指の置きどころ」丸山海道
「萩咲かす二尊に触れて来し風に」丸山佳子
<西行法師庵の跡>
1140年(皇紀1800)保延6年
鳥羽上皇や徳大寺家などに仕えていた歌人 西行法師が出家
仏道修行と和歌三昧の生活を送り、二尊院門前近くにも庵を結んだとされる
門前に、庵跡を示す石標が立てられている
「我がものと 秋の梢を思うかな 小倉の里に家居せしよ里」
<天皇皇后両陛下行幸啓記念樹の記念碑>
1991年(皇紀2651)平成3年5月29日の日付が刻んである
<時雨亭跡>
湛空上人廟の左側、小倉山の山中にある
藤原定家が百人一首を選定したとされる遺跡
<木造釈迦如来立像(重要文化財)>
本堂の向かって右に安置されている
発遣(ほっけん)(現世から来世へと送り出す)の釈迦如来
右側の釈迦如来立像が右手を上げ左手を下げ、左側の阿弥陀像は右手を下げ左手を上げている
両像はよく似ているが、下半身の衣文の形式などが異なる
鎌倉時代の作
像高は約78.8cm、金泥塗り、截金で文様を表している
<木造 阿弥陀如来立像(重要文化財)>
本堂の向かって左に安置されている
来迎(西方極楽浄土へ迎え入れる)の阿弥陀如来
右側の釈迦如来立像が右手を上げ左手を下げ、左側の阿弥陀像は右手を下げ左手を上げている
両像はよく似ているが、下半身の衣文の形式などが異なる
通常の阿弥陀如来像は、親指と他の指で輪をつくる印相を結ぶが、下げた右手の指を5本とも真っ直ぐ伸ばしている
鎌倉時代の作
像高は約78.8cm、金泥塗り、截金で文様を表している
<本堂勅額>
本堂に後奈良天皇の「二尊院」の勅額がかかっている
<絹本著色 逍遥院実隆像・称名院公条像(重要文化財)>
<絹本著色 浄土五祖像(重要文化財)>
<絹本著色 十王像(重要文化財)>
<絹本著色 釈迦三尊像(重要文化財)>
<絹本著色 法然上人像(重要文化財)>
<法然七箇条制法 附蒔絵箱(重要文化財)>
<法然上人二十五霊場第十七番 御詠歌>
「足びきの 山鳥の尾の しだり尾の 永水し世を 祈るこの寺」