西雲院(さいうんいん)は、金戒光明寺の境内東の高台の、文殊塔の北にある塔頭
北側は、真如堂に隣接しており、境内には会津藩殉難者墓所がある
四季折々に、春は牡丹(ボタン)、夏は蓮やサルスベリ、秋は紅葉が美しい
<山門>
<本堂>
扁額「西雲院」は、照高印道晃の筆
<庫裏>
<紫雲石(しうんせき)の堂>
霊石が安置されている
法然上人が、念仏弘通の聖地を求めてこの地に着き、大石に腰をおろし念仏を称えながら回想観をすると、
たちまち紫雲が棚引き、芳香が四方に薫じたという
この奇瑞によって、この大石を「紫雲石」と名付けて、庵を結んだのが金戒光明寺の由来となり、山号を紫雲山と号した
早春には、堂の横に育つ白梅が咲く
<傀儡塚(くぐつづか)>
傀儡とは操り人形の意味
人形劇に関わる人たちにより、先人の供養がされている
<会津藩殉難者墓所>
会津藩藩士352名のお墓があり、菩提寺となっている
会津小鉄が、鳥羽・伏見の戦いで賊軍となり放置されていた会津藩藩士の遺体を葬り、遺品を会津若松に届けたといわれる
毎年6月第2日曜日に会津松平家の当主を招き会津藩殉難者追悼法要が行われている
<墓所>
新選組の誤認により土佐藩藩士を斬りつけた明保野亭事件により切腹した会津藩藩士 柴司のお墓
侠客 会津小鉄のお墓、墓石には本名の「上坂仙吉之墓」とある
開基 宗厳和尚のお墓
江戸時代の儒者 海保青陵のお墓
<法然上人古跡の碑>
<石仏>
<くぐつ祭>
6月13日
1989年(皇紀2649)平成元年以来、傀儡塚において、人形劇に関わる人たちにより先人の供養が行われる