将軍塚 青龍殿(しょうぐんづか せいりゅうでん)は、東山ドライブウェイの頂上付近にある青蓮院門跡の別院
円山公園の南東側の標高215mの華頂山の山頂にあり、桓武天皇が将軍像を埋めたとされる円墳がある
大日如来が祀られている将軍塚大日堂が隣接する
桜・桃・紅葉の名勝
円山公園の南東側の標高215mの華頂山の山頂にある
<山門(福徳門)>
<青龍殿>
木造平屋建瓦葺1棟
外陣:延面積 約537m2 高さ14.5m 東西長さ 約26m 南北長さ 約20m
内陣:延面積 約138m2 東西長さ 約12.8m 南北長さ 約11.4m
大正天皇御大典を記念して1915年(皇紀2575)大正4年に建立された「大日本武徳会京都支部武徳殿」を移築されたもの
屋根を支える小屋組みと、建物を支える基礎は外来の技術が用いられている
「和洋折衷」という大正時代建築の特徴を示す貴重な木造大建造物
奥殿には、青不動明王(国宝)が安置されている
<木造 大舞台>
延面積:1046m2 (清水寺の舞台の4.6倍)
西展望台
高さ十数m
眼下に京都市街や西山連山、大坂までが望める
北展望台
比叡山にかけての東山連峰が望める
<青龍殿庭園>
回遊式庭園に枯山水庭園を取り込む
紅葉(約220本)、桜(約200本)、源平垂れ桃、藤、シャクナゲ、サツキ等が植えられている
東屋から、将軍塚、西山を遠望できる借景庭園にもなっている
<将軍塚>
円形盛土で、周囲は柵で囲われていて、塚の頂上部に「将軍塚」の石柱がある
直径約20m
高さ約1.8m
周囲約64m
桓武天皇が、平安遷都に際し王城鎮護のため、高さ八尺(約2.4m)の将軍像(征夷大将軍 坂上田村麻呂といわれる)に
鉄の甲冑を着せ、弓矢を持たせて、太刀を佩かせて都の方に向けて埋めたとされる
<大日堂>
青蓮院門跡の別院
木造、寄棟造、瓦葺
付近の山中から掘り出された石仏の胎蔵界大日如来像が安置されている
<青不動明王二童子像(国宝)>
青龍殿奥殿に安置されている
身体の色が青黒(しょうこく)なことから「青不動」と通称される
縦203cm、横149cmの絹本礼拝画像
絹本の濃茶褐色の地色に、朱と丹で激しく燃え盛り揺れ動く炎が描かれている
中央に、剣と絹索を持って、忿怒の相で、妄念や煩悩を焼きつくす青不動明王が岩の上に座している
平安時代の中期の作
宮中から青蓮院に下賜されたもの
日本三大不動画の一つ
<将軍塚絵巻>
鳥獣人物戯画を描いたとされる鳥羽僧正の筆の絵巻
この将軍像を埋める様子の絵が残されている
<故事>
平安時代末期以降
天下に異変があるときは、必ずこの将軍塚が鳴動して前兆を表すといわれる
「源平盛衰記」によると
源頼朝が挙兵する前年、1179年(皇紀1839)治承3年7月には3度、この将軍塚が鳴動し、その後、大地震が起こったといわれる