狸谷山不動院(たぬきだにさんふどういん)は、一乗寺、瓜生山の北西にある寺院
剣豪 宮本武蔵が吉岡一門と決闘した一乗寺下り松から、八大神社、詩仙堂を通り過ぎ、山道を登ったところにある
宮本武蔵が心の剣を磨いたといわれる宮本武蔵修行乃瀧がある
当初は、洞窟に作られた不動明王だけだったが、山伏が修行をするようになり本殿などが造られた
<本堂>
懸崖造
舞台からは京都市街地、西山が眺望できる
懸崖には、巨大な弓と矢が掛けられている
本堂の柱には、癌予防・病気平癒の「願かけふだ」が多くかけられている
<石室>
神変大菩薩窟
奥には、神変大菩薩役行者小角さんが祀られている
<男厄坂>
広場から本堂に上る石段で、42段ある
<女厄坂>
広場から本堂から下る石段、33段ある
<受付棟>
駐車場から境内への入口になる
ここから本堂まで、急勾配の250段の階段が続き、道端には狸の像がたくさん置かれている
<交通安全自動車祈祷殿>
受付棟の横にある
車のお祓いが行われる
この付近から、五山の送り火の「法」と「船形」などが見える
<世継ぎ地蔵尊>
参道の左側にある
<白竜弁財天>
参道途中にあり、多くの鳥居が立っている
木食上人 村上明厚正禅がこの地で参籠したときに、一切衆生の苦難、恐怖を除き、財宝福利を与え給えるとして
奉納したものといわれる
白龍弁財天は、インドのサラバチ河を神格化したもので、水神さんとして祀られている
左手に弓、刀、斧、羂索を持ち、右手に矢、三鈷、宝輪を持つ
15の童子に守護され、龍神が付き添っている
<七福神>
参道途中に、七福神の石像が置かれている
<迎え大師>
参道途中の階段の登口に、弘法大師の像が立っている
その前には、杉の巨木が立っている
<光明殿>
やすらぎ廟(納骨堂)
弘法大師の木像が祀られている
「四国八十八ヶ所お砂ふみ霊場」がある
「木食上人参籠之地」の石碑が立っている
石造十三仏が置かれている
<柴灯護摩道場>
本堂の下にある広場
護摩焚が行われる
<手水舎>
広場にある
<三社大明神社>
広場にある
享保年間(1716年〜1736年)、木食明厚上人により衣食住の神さんが勧請された
玉姫大明神(衣)、清隆大明神住(食)、白玉祈木大明神住(住・愛)が祀られている
トイレの神様うすさま明王も祀られている
<宮本武蔵修行乃瀧>
三社大明神社から登ったところにある
不動明王が祀られている
1605年(皇紀2265)慶長10年、宮本武蔵が、一乗寺下り松での吉岡清十郎一門との決闘にときに、この滝に打たれ、
不動尊の右手に持つ降摩の利剣の極意を得て、敵対心ではなく、己の恐怖・煩悩に打ち勝ったことで勝利したといわれる
<水乃口不動尊>
<恵比須、大黒天社>
<水子不動尊>
<行者坊>
<信徒会館>
標高301mの瓜生山の山頂に奥の院がある
本堂脇から東の瓜生山に入ると、元勝軍地蔵尊道が山頂まで続いており、15分程かかる
室町時代
近江国の戦国大名 六角定頼が安置したという勝軍地蔵が祀られていた
江戸時代
痘瘡無難の信仰を集めたといわれる
1762年(皇紀2422)宝暦12年
北白川門跡寺照高院二品忠誉法親王により、南の西山 勝軍地蔵堂に遷された
現在の奥の院には、幸龍大権現が祀られている
<こんがら童子>
瓜生山山頂までの山道には多くの石仏が置かれており、最初に出会う石仏
<「元勝軍地蔵尊道」の石標>
<石室跡>
当時のままの石室が残されており、その後に祀られた地蔵菩薩が安置されている
<奥の院>
幸龍大権現が祀られている
扁額「奥之院 幸龍大権現」が掲げられている
<三尊合体不動明王像>
本尊の咤怒鬼不動明王(たむきふどうみょうおう)
内面と中間に阿弥陀如来、如意輪観音菩薩を現す
帰依する者の左右を離れず、衆生の願いによる利益を与える本誓を発揮して、縦横無尽に衆生を済度するといわれる
<初詣大護摩祈願祭>
正月三ヶ日
<初不動>
1月28日
お不動さんの一年最初の縁日で、修験者が出仕し厄難除けの大護摩供養が行われる
不動明王は、一切の悪魔、災いを祓う力を持つとされ、縁日毎月28日に、護摩を焚き、参拝者全員でお経を唱えられる
「ガン封じの笹酒」の接待があり、護摩の火で温めた青竹の筒の笹酒を、青竹の杯でいただける
<節分祭>
2月節分
豆まきや、福引大会が行われる
<春の大般若祈願会>
5月3日
お護摩祈祷(11時〜本殿にて)
不動明王の尊前にて護摩を焚き、600巻からなる大般若経を、大声を上げ、転読という作法で読み上げられる
参拝者全員では、ゆっくりとお経を唱えられる
<狸谷山火渡り祭>
7月28日
火渡り(夜19時〜本殿前にて)
難病退散、夏バテ防止、ストレス解消を祈願して、柴灯護摩終了後、お護摩の残り火の上を素足で渡る
参加者には「火渡りおふだ」が授与される
祈り灯ろう(夜19時〜参道に点灯)
参拝者の願いごとが書かれた「祈り灯ろう」が、一千灯、境内の石段に並べられる
<秋まつり>
11月3日
山伏による野外大護摩祈祷(11:00より)
護摩木に、願いごと、名前、年齢を書き、護摩の炎が上がってから山伏に手渡しすると、その場でお焚き上げしてもらえる
お不動さんの右手の剣に結ばれた「おつながり布」を持ちながら参拝し、一人ずつ加持が施こされる
「おつながり布まもり」「すこやかうどん」などが、当日のみ授与される
<木食養阿>
江戸時代の木食僧で、「木食上人 村上明厚正禅」「木食正禅」「木食養阿」などとも称された
丹波国桑田郡保津村の村上庄右衛門の子
「木食僧」とは、「木食戒」という穀断ちにより、木の実、草のみを食べる修行を行った僧をいう
1711年(皇紀2371)正徳元年、高野山に上り、木食恵昌に師事し五穀を断ち木の実を食する木食行に入る
甲賀郡安養寺(現在の嶺南寺)、高野山で木食大戒を修めて大阿闍梨になる
享保年間(1716年〜1736年)、狸谷不動院で入籠し木食行に入る
1741年(皇紀2401)寛保元年、法橋上人位を授与され、「養阿」に改名する
安祥院で即身仏になり墓塔に納められた
<「健康の証」>
受付棟から本殿までの石段250段を10往復すると授与される
<五山の送り火>
本殿から「舟形」が見える
交通安全自動車祈祷殿の付近では妙法の「法」が見える