養仙寺(ようせんじ)は、亀岡市市街地北部の千歳町にある
「布袋寺(ほていでら)」と称され、七福神の布袋尊が祀られている丹波七福神めぐり第2番札所
様々な布袋尊が500体ほど集められている
室町時代
寛正年間(1460年〜1466年)
泰岩和尚により創建されたといわれる
安土桃山時代
天正年間(1573年〜1592年)
織田信長の命による明智光秀の丹波平定の兵火により衰退する
明智光秀の亀山城の築城のとき、
織田信長の命により、境内の石仏、石碑、石塔などが亀山城の石垣や石造物として利用され荒廃する
江戸時代初期
1639年(皇紀2299)寛永16年
妙心寺塔頭智勝院の開基 大光普照禅師により再興され、臨済宗に改宗される
その後、関重紹和尚や越厳玄超和尚、弘邦祖隆和尚など名僧により復興されてきている
<山門>
石垣に白壁の塀が山門に続いている
<本堂>
様々な布袋尊が500体ほど集められている
<布袋堂>
七福神の布袋尊の清水焼の等身大の立像が祀られている
耳を横に伸ばして、口は丸く開けて笑っている
丹波七福神めぐり第2番札所
<庭園>
刈込の中に、十三石塔などが置かれている
<木造 地蔵菩薩立像>
「将軍地蔵」と称され、足利尊氏の念持仏といわれる
平安時代末期から鎌倉時代初期の作
当初は、愛宕神社の本地仏として祀らていたが、明治時代初頭の神仏分離令により当寺に遷されたといわれる
<布袋尊>
布袋堂には清水焼の布袋尊立像が祀られている
丹波七福神めぐり第2番
本堂には500体以上の布袋尊が安置されており「ほてい寺」と称される
<布袋祭>
1月15日
福徳円満・子孫繁栄が祈願される