慶派(けいは)は、平安時代末期から江戸時代の仏師の一派
定朝の孫 頼助の時代に南都に移り奈良仏師となり、鎌倉時代以降に主流となる
「慶」が名前につく仏師が多いが、南北朝時代以降に直系には「康」の字が用いられるようになる
<慶派の名前の由来>
名前に「慶」がつく仏師が多かったため
南北朝時代以降は、「康」の字を用いることが多くなる
(奈良仏師の系図)康尚−定朝−覚助−頼助−康助−康朝−成朝
<康慶(奈良仏師 康朝の弟子)>
<運慶(康慶の長男)>
<定覚(康慶の次男)>
<快慶(康慶の弟子)(安阿弥様)>
<定慶(康慶の弟子)>
<湛慶(運慶の長男)>
<康運(運慶の次男)>
<康弁(運慶の三男)>
<康勝(運慶の四男)>
<運賀(運慶の五男)>
<運助(運慶の六男)>
<康正(「定朝より二十一代」と称した)>