有智子内親王(うちこないしんのう)(Uchiko Naishinnou)

第52代 嵯峨天皇の第8皇女

生年:807年(皇紀1467)大同2年
没年:847年(皇紀1507)承和14年10月26日
享年:41

父親:嵯峨天皇
第8皇女
母親:交野女王

二品
初代賀茂斎院斎王

女流吟詠家の祖

お墓:有智子内親王墓落柿舎の西隣)

 有智子内親王(うちこないしんのう)は、平安時代初期の第52代 嵯峨天皇の第8皇女

 初代賀茂斎院斎王、漢詩人、女流吟詠家の祖といわれる

【有智子内親王の歴史・経緯】

【有智子内親王】

 <初代 斎王
 洛北紫野にあった賀茂斎院で賀茂大神(賀茂社)に仕える日々を送った


 <漢詩文>
 斎院生活の日々を「史記」や「漢書」の中国古典に親しんだといわれる

 17歳のとき、嵯峨天皇の斎院花宴行幸が行われ、春日山荘の題に対して、七言律詩を詠む
 「寂寂(じゃくじゃく)たる幽荘(ゆうそう) 水樹の裏 仙輿(せんよ)は一とたび降る一池塘(ちとう)、
 林に栖む孤鳥は春沢を識り、澗(たに)に隠れし寒花も日光を見る。
 泉声は近く報ず初雷の響、山色は高く晴れ暮雨(ぼう)行く。
 此より更に知れり恩顧(おんこ)の渥(あつ)きを。生涯何を以ってか穹蒼(そうきゅう)に答えん」

 嵯峨天皇は、この詩を賛嘆されたといわれ、その場で三品の位を授けたといわれる

 「経国集」に8首、「雑言奉和」に1首、「続日本後紀」に1首、合計10首が残されている
 有智子内親王は、女流吟詠家の祖といわれる

【有智子内親王ゆかりの地】

 <有智子内親王墓
 落柿舎の西隣


 <賀茂斎院跡
 賀茂大神(賀茂社)に仕える日々を送ったところ
 現在は櫟谷七野神社が立っている


 <葵祭
 賀茂社上賀茂神社下鴨神社)の祭礼
 現在は、斎王代により奉仕されている


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