後亀山天皇(ごかめやまてんのう)は、南北朝時代の第99代天皇、南朝第4代天皇
北朝を擁護する将軍 足利義満が提示した講和条件を受諾して、三種の神器を北朝の後小松天皇に渡し、南北朝合一を実現した
明治時代、南朝が正統とされたため、歴代天皇に加わることになる
現在の皇室は、北朝の持明院統 後深草天皇の皇統で、万世一系の皇統が維持されている
北朝を擁護する将軍足利義満が提示した講和条件を受諾して、三種の神器を北朝の後小松天皇に渡し、南北朝合一を実現した
後年、後亀山天皇は、自らの運命をひとえに天道神慮に任せ、民間の憂いを除くためだったと述べている
<後亀山天皇側の講和条件>
・南朝の正統性を認める
三種の神器を南朝から北朝に帰座するときには、後亀山天皇から後小松天皇に譲位の儀式をもって行う
・皇位の両統迭立
北朝の持明院統 後深草天皇の皇統、南朝の大覚寺統 亀山天皇の皇統から交互に皇位に就く
・諸国の国衙領(こくがりょう)は、全て大覚寺統が管領する
・諸国の長講堂領は、全て持統院統が管領する
<和歌>
「いかがせむしぐれて渡る冬の日のみじかき心くもりやすきを(後亀山院千首和歌)
<嵯峨小倉陵(さがおぐらのみささぎ)>
陵形:五輪塔
小倉山東麓にある
後亀山上皇が出家して「金剛心」と号し、一時期、隠遁生活をされたところで「小倉殿」と称された
大覚寺に戻られ、大覚寺で崩御された後、陵が造営され葬られた
<大覚寺>
三種の神器が、北朝の後小松天皇に引き継がれ南北朝合一が行われた
後亀山上皇は、大覚寺を仙洞として「大覚寺殿」と称される
一時、吉野に隠遁された後、大覚寺に戻られ、大覚寺で崩御される
<天龍寺>
南北朝合一後に、初めて足利義満と面会されたところ