学校法人 平安女学院(へいあんじょがくいん)は、大学、短期大学、高校、中学校、幼稚園を運営する学校法人
米国聖公会から派遣された教師によって開かれたキリスト教主義学校(ミッション・スクール)
聖アグネス(St. Agnes)を守護聖人とされる
織田信長が将軍 足利義昭のために造営した二条御所跡にある
<平安女学院大学>
高槻キャンパス、京都キャンパス
2000年(皇紀2660)平成12年、開設
開設時には、滋賀県守山市と大阪府高槻市にキャンパスがあった
2005年(皇紀2665)平成17年度から大阪府高槻市のキャンパスへ統合
2007年(皇紀2667)平成19年、京都市にも開設
<平安女学院大学短期大学部>
高槻キャンパス
1895年(皇紀2555)明治28年、京都市に高等科として開設
1950年(皇紀2610)昭和25年に短期大学に昇格
2002年(皇紀2662)平成14年に大学に統合され短期大学部に名称変更
<平安女学院高等学校>
京都キャンパス
1948年(皇紀2608)昭和23年に開校
<平安女学院中学校>
京都キャンパス
1947年(皇紀2607)昭和22年に開設
<平安女学院幼稚園>
高槻キャンパス
1915年(皇紀2575)大正4年に、京都市に聖三一幼稚園として開校
1987年(皇紀2647)昭和62年に、高槻キャンパスへ移転
<京都キャンパス>
京都市
大学、高等学校、中学校、学院本部が置かれている
1895年(皇紀2555)明治28年の照暗女学校の京都移転および平安女学院開校時から使用されている
1987年(皇紀2647)昭和62年の高槻キャンパス設置までは短期大学部、幼稚園も置かれていた
最寄り駅は、地下鉄 烏丸線 丸太町駅
<平安女学院大学チャペル>
講堂
<明治館(国登録有形文化財)>
1895年(皇紀2555)明治28年の建立
英国王立建築家協会正会員のイギリス人建築家アレクサンダー・N・ハンセルの設計
当時のイギリスの最新建築様式であるアン女王様式で、現在、日本では唯一現存しているもの
2008年(皇紀2668)平成20年夏、3年間の大改修工事が終了
<昭和館(国登録有形文化財)>
1923年(皇紀2583)大正12年に建築、1929年(皇紀2589)昭和4年に竣工
設計はアメリカ人建築家J・V・Wバーガミニー、構造設計は内藤多仲
SRC造の校舎建築
間口18m、奥行55m
<有栖館(国登録有形文化財)>
京都御所建礼門前にあった有栖川宮邸
京都裁判所の仮庁舎として利用され、京都地方裁判所所長宿舎の一部として現在の場所に移築された
2008年(皇紀2668)平成20年に取得
書院造の主屋、烏丸通側の青天門、下立売通側の長屋門が、国登録有形文化財となっている
<聖アグネス教会聖堂(京都市指定有形文化財)>
1898年(皇紀2558)明治31年に竣工
平安女学院のチャペルとして建てられた「聖三一大聖堂」
設計はアメリカ人建設家ジェームズ・M・ガーディナー(長楽館も設計)
外観は、レンガ造・ゴシック様式の「三廊式バジリカ型」と称される西洋の典型的な教会様式
内部のデザインも、明治時代のキリスト教会堂の特徴がある
竣工直後の学院日誌に「塔の紋が菊と紛らわしいので取り替えるよう警察から指示を受けた」旨が記されている
1923年(皇紀2583)大正12年、聖アグネス教会聖堂となる
<聖アグネス寮>
<菅原家の古井戸>
平安女学院の構内に現存する古井戸
東に隣接する菅原院天満宮神社は菅原道真の誕生の地といわれる
京都移転後の学院の名称を「道真学校」とする意見もあったといわれる
<斯波氏武衛陣・足利義輝邸遺址>
平安女学院の敷地一帯
足利尊氏が、一族の斯波義将にこの地を与えて「武衛陣の屋敷」と称した
室町幕府は、斯波氏の武衛陣を改築して、ここに幕府を移した
現在は、「武衛陣町」という地名が残る
<二条御所跡の碑>
石碑が、平安女学院室町館の北東角にある
織田信長が将軍 足利義昭のために造営した二条御所の跡
京都御苑の一隅から平安女学院にかけての一帯にかけての地にあった
<高槻キャンパス>
高槻市
大学、短期大学部、幼稚園が置かれている
1987年の短期大学と幼稚園の移転によって設置された
最寄り駅は、JR京都線高槻駅および阪急京都線 高槻市駅
<守山キャンパス>
滋賀県守山市
現在は、閉鎖
2000年の大学に設置されたる
2005年4月に、高槻キャンパスに統合・閉鎖された
建物は、改装・増築のされ、立命館守山中学校・高等学校となっている
<建学の精神>
「知性を広げ、望みを高くし、感受性を豊かにし、そして神を知らせる」
1875年(皇紀2535)明治8年3月20日付
米国聖公会ミッションの中心人物のウイリアムズ主教による女学校設立の方針に沿って、大阪川口居留地で
米国聖公会宣教師として活躍していたクインビー司祭が、その準備に取りかかっていたときに述べられ、
本国へ書き送った手紙に記載された
<平安女学院の目的>
キリスト教の精神に基づく教育を通して、自由で自立した人格を形成するとともに、建学の精神を体得した人間を育成し、
地域社会ならびに国際社会に積極的に貢献する人材を養成することを目的とされる
<指導目標>
社会に待ち望まれる優れた女性の育成を目指し、その人物像を「貴品女性」という言葉に託して、全学生が次の三つの特質を
身につけることを指導目標とされる
「躾(Manner)」国際的に通用する気品と品格、そして豊かな教養
「心得(Skill)」進路に対応する専門的なスキルと、自分なりの「得意技」
「愛(Hospitality Mind )」寛容や思いやりに満ちた、高度なコミュニケーション力
<日本初のセーラー服>
1903年(皇紀2563)明治36年
全国に先駆けて生徒の服装を統一し、袴を着用し、紐に校章入りのバックルをつけることとする
1920年(皇紀2580)大正9年
日本で初めて制服を洋装化し、セーラー服を採用する
流行した「セーラー服」とは素材・縫製・デザインなどが異なり、独創的で文化的価値の高いものとされている
<照暗女学校(St. Agnes’ School)>
1880年(皇紀2540)明治13年に改称された旧名称
ヨハネによる福音書1章5節「光は暗闇の中で照る。暗闇はそれを理解しなかった。」が由来
<校章>
1894年(皇紀2554)明治27年に製作
「平」の図案化と、「信仰・希望・愛」の3つ精神を表している
コリントの信徒への手紙一13章13節「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この3つはいつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である」に由来する